和歌の浦みちしるべの会

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玉津島保存会 第11回 名勝和歌の浦講座
 暑い季節になってきました。玉津島保存会では、7月13日 日 13時30分から玉津島神社大広間で、名勝和歌の浦講座を開催します。語り部もされる小林先生の『和歌浦かまぼこの歴史地理』と日方さん作成のフォトムービー『昭和初期へのいざない』上映会を実施します。小林先生は、和歌浦の語り部もされており、地理の先生でした。和歌浦地区で盛んであったかまぼこについて、聞き取り調査を行い、論文化したものを今回、喋って頂きます。また、「昭和初期へのいざない」は、宮本さんのおじいちゃんが大正5年から昭和15年ごろまでの和歌浦地区を撮影した写真に音楽を入れ、フォトムービーにしました。昭和初期、まさに父親が子供の頃の写真映像です。懐かしいとしか言い様のない映像に感動する事でしょう。昭和初期の和歌浦、海の匂い、漁村の匂いが一杯です。



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名勝和歌の浦 
新年あけましておめでとうございます。今年よろしくお願いします。

平成22年8月、国名勝として玉津島神社を中心とする和歌の浦干潟など90万屬国指定されました。その後、県教育委員会による説明板の設置、パンフレットの作成、和歌山県と県教委による三断橋の修復など、一連の名勝和歌の浦の保存と活用が図られています。また民間団体が結束し、名勝和歌の浦クリーンアップ隊を結成し、清掃活動も月一回で29回を迎え、2年6ヶ月になっています。正月を迎えた名勝和歌の浦は、一段と綺麗になっています。名勝和歌の浦を守り、活用を図る玉津島保存会も結成され、また昨年9月には、各団体が集まり、妹背山で観月会を催しました。

1月からは、玉津島神社で拝殿、鳥居、4月からは、本殿檜皮葺葺替、本殿裏の石垣、小野小町の袖掛けの塀、歌碑の修復事業が行われます。平成22年の指定以後、迅速に和歌山県、和歌山県教育委員会、民間、宗教法人が連携し、一連の出来事が名勝和歌の浦の価値を上げるために行われています。

春、桜の季節に、玉津島神社主催で、名勝和歌の浦クリーンアップ隊で活動する数多くの各民間団体などが共催して、桜祭りが行われます。

また、県教育委員会による追加指定も行われる予定です。名勝和歌の浦の第2ステージです。県教委の努力を率直に喜び、評価したいものです。指定の動きは、県教委でしかできないのですから。役割分担です。

国指定以後、その一点を突破したことにより名勝和歌の浦は、全面展開しています。年間を通じて、数多くの事業が行政、民間で行われている和歌の浦で、それらが連携をとり、一点に情報が集まり、共有され、活用が図られる時期に今、来ています。





   
自然・歴史・文化の町、和歌の浦。私達の誇りです。

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奠供山〜鏡山
玉津島神社の両側に奠供山と鏡山があります。また鏡山の前には三断橋で結ばれた妹背山があります。この妹背山から南側に大きく和歌の浦干潟は入り込み、最深部は御手洗池までいっていたのです。片男波地区も新しい住宅が建っていますが、明治までは和歌の浦干潟なのです。妹背山の北を流れる和田川は、現状の川よりもっと大きく、干潟が和歌浦口まで拡がっていました。和歌の浦干潟の縁辺部には葦が茂っていました。
現在は、私たちが見る天満宮、東照宮、玉津島神社、妹背山海禅院多宝塔などは、住宅街に点的に存在しますが、これは前方には藤代の峰々、名草山、また章魚頭姿山に囲まれた空間に、和歌の浦干潟が拡がり、片男波があり、大海原がある自然景観を背景として、人文的景観として配置されたものなのです。消えた和歌の浦干潟を背景として、営まれているのです。失われた自然景観は取り戻すことはできませんが、人工的に造られた物は、今後百年単位で見た場合、確実に消えます。名勝和歌の浦として指定された空間、国・県・市が保護保全を図る空間、この空間は確実に認識され、新たな石碑など原則的に建てることはできず、価値無き石碑なども時間により無くなり、また新たに作ろうとする人工的なものは、名勝として相応しいかどうか、国が判断し、相応しくなければ許可しないのです。
「保存と活用」は、対価を求めない多くの和歌の浦の住民により、名勝和歌の浦クリーンアップ隊として結実し、「名勝和歌の浦として価値ある」との知識は、玉津島保存会主催の「文化財担当者と学ぶ名勝和歌の浦講座」により専門家と共に学び、中秋の名月の日に観月会を竹燈夜に照らされた妹背山で実施することにより、活用が図られるのです。私たちが住む和歌の浦は、何よりもそこに住む住民により守られ、慈しまれ、楽しまれるのです。


「東照宮縁起絵巻」巻五 住吉如慶無筆 (右端部分)    紀州東照宮蔵


日本與地南海道部 紀州和歌山和歌浦之図 1756年 国立公文書館蔵(部分)












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和歌の浦古写真展
 玉津島保存会主催で玉津島神社大広間で和歌の浦古写真展「漱石が来た頃の和歌の浦」が4月13日まで開催中です。





今回初披露の絵はがきです。


こちらも初披露。うちわに描かれた和歌の浦の風景、細かく繊細に描かれていました。



13日は溝端佳則氏の古写真解説があります。


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玉津島神社
 玉津島神社の鳥居前で礼をする人、拝殿で礼をする人、柏手を打つ人。長く玉津島神社の神に祈りを捧げる人。生きること、懸命に生きる中で私達は多くの悩みをかかえます。神に救いを求めるのです。ごく自然な感情です。古くから神が住む玉津島神社。大いなる神、玉津島神社は、私達に安心を与えてくれます。未来永劫、私達、玉津島保存会は、共に歩ませていただけるのです。








幕末の玉津島神社。紀伊名所図会。額田雅裕『城下町の風景』より


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冬の和歌の浦干潟
 水辺は一面の静寂です。雲は動きます。太陽の光が満ちたり、消えたりします。光により、藤代の峰々は、遠くなったり、近くなったりします。雲も変化します。静かな水面には、山々の形姿が投影されます。空気が澄んでいます。海の臭い、ほほを打つ風から海の臭いがします。自然が造り上げた最高の名勝です。
人工的な物は、時間が来れば壊れますが、この自然の風景は、名勝和歌の浦として永遠に守られます。






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玉津島神社
 奈良時代、若き聖武天皇は、玉津島行幸を行います。その時、神がすむ和歌の浦の景観保
全のため、詔を発します。玉津島一帯は、玉出島ともいわれます。紀ノ川河口部であった頃、六つの島山(船頭山、妙見山、雲蓋山、奠供山、鏡山、妹背山)があたかも玉のように海中に点在しており、美しい和歌の浦には、和歌ノ神が住む空間として意識されていたのです。
「神代より、しかぞ尊き 玉津島山」

玉津島神社を中心とする名勝和歌の浦の自然・歴史・文化を守るため、玉津島保存会が結
成されています。

玉津島保存会会則
(目的)
第3条 この会は、玉津島神社を中心とする名勝和歌の浦の自然・歴史・文化を守り、そ
の保全と活用を図りながら、地域振興に寄与し、後世へ伝えることを目的とする。
(事業)
第4条 この会は、前条の目的を達成するため、次の事業を行う。
(1)名勝和歌の浦の自然・歴史・文化の情報発信
(2)名勝和歌の浦の整備・美化に関する事業
(3)名勝和歌の浦のまちづくりの推進を図る事業
(4)その他、この会の目的を達成するために必要な事業

玉津島神社に事務局をおいています。詳細は、奥津090-9620-7040 まで。






     

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玉津島保存会結成の集い
 10月28日日曜日、玉津島神社で玉津島保存会結成の集いが行われました。当日は、午前中は激しい雨が降り、どうなることかと思いましたが、13時にはぴったりとやみ、16時以降には再び激しい雨になりました。衣通姫尊が守り、育てる玉津島保存会です。
 玉津島神社遠北宮司の挨拶の後、顧問団から神社庁和歌山支部神社総代会会長でもある土山憲一郎さんから力強く、玉津島保存会結成を宣言しました。奥津会長からは、結成の経緯、今後の活動の趣旨説明の講演がありました。人的な繋がりの中で、今回の会が結成されたこと、名勝和歌の浦の中心である玉津島神社が更に人を呼び、例祭を大規模になど今後の活動方針が示されました。休憩では、和歌浦出身のチュリスタが『祈り』『紅色』2曲が演奏され、感動を呼びました。
 閉会宣言は、副会長の松本敬子さんから今後も幅広く支援をお願いしたいとの言葉で締めくくられました。今後の活動の支援をお願いします。

玉津島保存会は、
平成22年8月に名勝和歌の浦が国指定されました。名勝和歌の浦は、玉津島神社を中心に和歌の浦干潟などを含む90万屬旅大な地域です。玉津島保存会は、名勝和歌の浦の景観を保全し、その活用と地域振興を図り、後世へ伝えるため結成します。
 玉津島保存会では、民間で出来ることを中心に県・市とも協力しながら、
〔松]族里留困亮然・歴史・文化の情報発信
   ¬松]族里留困寮鞍・美化
   L松]族里留困里泙舛鼎りの推進を図る事業
などを実施します。
会員を募集します。一口2000円です。

玉津島保存会
事務局 玉津島神社 和歌山市和歌浦中3丁目4-26
電話 奥津090-9620-7040

 
玉津島保存会結成の集いの前の神事。遠北光彦権禰宜が執り行いました。

遠北宮司の挨拶。名勝和歌の浦の中心である玉津島神社。景観保存と活用を、地域振興に繋げたらとの熱き思いです。玉津島神社は遠北宮司により、地域の支えにより今まで来ました。本殿、拝殿などの社殿。立派な神輿。今後活用を図ります。

顧問を代表して、土山憲一郎さんが挨拶。ネクタイには日の丸が描かれています。顧問には遠北宮司、赤土建設会長赤土さん、和歌浦連合自治会長大道さん、和歌浦病院理事長篠田さん、近畿大学文芸学部教授村瀬先生、旧和歌浦連合自治会長保井さんが就任しました。
 
奥津会長。水軒の浜に松を植える会事務局長で、5年間の成果で実質1キロに及ぶ水軒堤防をきれいに見違えるようにしました。実績です。理系の頭で実行力は抜群です。
 
チュリスタ佐野あかりちゃん。明光通り桜湯の娘さんです。

和歌浦出身の佐野あかりちゃんと中村幸太君。チュリスタです。プロですプロ。玉津島保存会支援のために、名古屋講演から駆けつけてくれました。「祈り」を歌います。このあと京都へと旅立ちました。http://ameblo.jp/churista1/

 
村瀬先生『神代よりしかぞ尊き玉津島山』。

神亀元年(724)、聖武天皇は和歌の浦に行幸し、詔を出します。
山に登り海を望むに最も好し。遠行を労せずして、以て遊覧するに足れり。故に「弱浜」の名を改めて「明光浦」とし、宜しく守戸を置きて、荒穢せしむことなかれ。春秋二時に官人を差遣し、玉津島の神・明光浦の霊を奠祀せしめよ(『続日本紀』)。
天皇の正史である続日本紀に記されています。神が創り、人が守る名勝和歌の浦。和歌の浦の持つ歴史的な重層性、その重みを守るのが玉津島保存会です。

 多くの人々が集まりました。 

松本副会長からの閉会の挨拶。和歌の浦万葉薪能の会会長。14年間に及ぶ片男波での薪能。高津子山での清掃活動。汗を流す、文化を愛する実績ある人。多くの人々の求心力になり、和歌の浦の活性化を目指します。
 
玉津島保存会会長の奥津さん、幹事の赤土由佳子さん。建設会社を仕切ります。
 
玉津島保存会。今後、名勝和歌の浦の中心である玉津島神社と共に生きていきます。和歌の浦、玉津島は、いつの時代においても聖なる場所でした。神代より尊き玉津島神社は、未来永劫不滅です。

 

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